2004/12/20

結論は相手に言わせろ(どうでもいいけど、気を抜くと一言日記になってくる)。

ここ数日思うのは、自分ががんばってもがんばれてもだめで、相手をがんばらせることができるかどうかが重要なんじゃないだろうか。でも何に? 「重要なんじゃないだろうか」などといって状況を分析している風を装うのは朝日の社説記者の仕事じゃろがい。おそらく、仕事(業務)が上手く遂行できるかどうかにとって重要で、仕事が上手く遂行できるのはサラリーマンの健全な精神にとって重要で、健全な精神がないと(スコラ哲学では)生きていないのと同じ。つまり、自分が生きるか死ぬかというレベルで「相手にがんばらせる」ことは重要ということか。でも、この期に及んで健全な精神はもう無理です。
今の仕事は一人でできる部分とそうでない部分があって、自分にとってはそうでない部分ほどうまくいかない。そしてきっと、研究や芸術なら自分ががんばれれば何とかなる。うそです。そんな素朴な精神論は太平洋戦争までのものです。しかし、そういう幻想は確実にあって、人はモラトリアム延長にあこがれるわけだ(自分と人一般を摩り替えない>自分)。
要約すると、自分自身でがんばるよりは他人にがんばらせてポルシェを買えと。でなければヴィッツで我慢しろと。

1 comment :

Anonymous said...

(男性の)同僚には厳しいのにねえ。あのくらい容赦ない感じで社外とも交渉してください。