2005/11/27

「ケルベロス第五の首」(ジーン・ウルフ 著, 柳下 毅一郎 翻訳)

帯には、「三つの中篇が複雑に交錯して織り成す謎と真実のタペストリー」って書いてある。これは嘘だと思ったほうがいいと思った。確かに、各部単位で読んでも、ひきずりこまれるような魅力がある。しかし、各部だけを読んだときの面白さが、全体を通して読んだときの面白さの1/3未満であるという理由で、これは長編だ。第三部にあたる「V.R.T」にいたって、それも250ページ目くらいから急激に、第一部と第二部で無造作に放置されていた設定がざくざくはまり出す。第一部と第二部は、それぞれ異なる文体ながら、いずれも丁寧に読むことを強いられる表現で埋め尽くされている。それを読み解いていく作業に伴うストレスが、自然と脳に作品世界のイメージをこびり付かせるんだけど、そうやって第一部と第二部を通じて自分自身がでっちあげたサント・アテナとサント・クレアという惑星系のイメージが、第三部のコラージュ的な記述にきれいに符合したり、あるいは欺かれてたことに気づいたりするのが、快感。その快感を、ひとつの作品としてうまく演出してある。ゆえに、ひとつの長編。
ただし、ほとんどの伏線は、第三部を読んでも、さらにいかようにも解釈できる。たとえば僕は、サント・アテナは地球からの侵略(という表現が適切かどうかはわからない)を二回迎えていると解釈したけど、もしかしたら事実は違うのかもしれない。事実があればね。そういう意味では、デビット・リンチみたいな伏線-回答の関係なのだといっていいと思う(もちろん、ジーン・ウルフのほうが前だけど)。

にしても、やっぱり国書刊行会は期待を裏切らないな。国書刊行会の本を買ったのなんて、何年ぶりだろう(そんな個人的な感傷はおいとけ)。

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