2015/09/24

『あなたの知らない超絶技巧プログラミングの世界』は誰が読むべきか

遠藤侑介さんといえば、Quineをはじめとする変態プログラムの世界的なタツジンとして有名ですが、そのむかし遠藤さんに向かって「Quineの本とか、売れないことが確実ですね」という趣旨の発言をしたことがあります。遠藤さんがブログやコンテストで発表していた変態プログラムには個人的にとても魅力を感じていて、翻訳書で一緒にお仕事をする前から楽しませてもらっていたのですが、さすがに書籍の企画ネタにするのは難しいなあ(売れるようにするのが難しいという意味で)と思っていたのです。それから数年後、まさか本当にQuineの書き方の解説が載っている本が出版されるなんて! それもQuineのみならず、遠藤さんのネタを徹底解説するような本がでるなんて! 企画を担当した編集者もずいぶんな変態に違いありません。というわけで、今月発売された遠藤侑介著『あなたの知らない超絶技巧プログラミングの世界』という本をさっそく読みました(下のリンクはアマゾンで、9/24現在ではまだ予約中だけど、なぜか都内の大型書店にはふつうに配本されている)。

読んだといっても、ざっと目を通したレベルであって、内容をきちんと咀嚼できるほどには読み込んでいません。というか、本書の内容をきちんと咀嚼できる日が自分の人生にやってくるのだろうか、というのが率直ないまの気持ちです。なにせ本書は、いうなればリストやパガニーニが懇切丁寧に自分の楽器演奏テクニックを言語化して解説してくれているようなものです(実際、本書のタイトルの「超絶技巧」はリストの同名の練習曲に由来するようです)。あるいは、シューマッハが自分のドライビングテクニックを教本としてまとめてくれているようなものです。そんなもの、本を読んだくらいで習得できるわけがないじゃないか! その意味では、この本、けっして「わかりやすい」とは言えないと思います。むしろ「わからない」ことをわざわざ楽しむための本なので、「わかりやすくない」のが必然なんでしょう。解説自体はとても丁寧に書かれているので、必要になったときに必要な箇所を真剣に読めば大丈夫そうだなと判断して順調に読み飛ばしました。にしても、この本の内容が「必要になるとき」なんて自分にあるんだろうか……。(という読者の葛藤を見越して「必要になるとき」を強制発動するための「練習問題」がついているところに著者の心意気を感じました。)

「この本が必要なのは誰だろう」という、おそらく書籍企画にとって根源的な問題は、著者の遠藤さんをだいぶ悩ませたんではないかと思います。本文を読んでいると「実益は期待しないで」といった趣旨の開き直りにちょくちょく出くわすし、「まえがき」に至っては「実用性という観点は雑念」とまで言い切られています。でも、「雑念」だと言った鼻の先が乾かないうちに「ある種の気づきを与えてくれる」とか言って実用性がほのめかされています。

じゃあ、この本、いったい誰が読むべきなんでしょうか? 独断ですが、本書の対象読者は大きく次の3つに設定できる気がします。

1. 超絶技巧なプログラムをでたい人
たぶんこの本のいちばんありがちな楽しみ方は「めでる」でしょう。実際、第1章は超絶技巧プログラムを眺めて楽しむという位置づけだし、後続の章も眺めているだけで楽しくなります。『Core Memory ― ヴィンテージコンピュータの美』なんかと同様に、計算機とその周辺にある種の美を感じる人はとりあえず購入して損はしないはずです。
2. 超絶ではないにせよプログラミングの技巧に興味がある人
この本は、Quineのようなプログラムを書きたい人だけでなく、ある種の技巧的なプログラムを書きたい人にとってはそこそこ実用的です。たとえば、CUIのアプリでアニメーションをする方法のような実用的で具体的な内容が丁寧に解説されている本は、ほかにあまりない気がします。また、zlibを使わずにPNGを作る例など、プログラミングに必要な潔さ(教科書には書いていない)を学べます。プログラミングコンテストとかで応用できたりできなかったりする気がします。出たことがないので憶測です。
3. 計算機科学とか数学基礎論が好物な人
数学基礎論や計算機科学の深めの話に踏み込んだコラムの数々が実に有益な読みどころです。Quineの存在証明をRubyで書き下してくれている本なんて、たぶん世界中でほかにはなかったし、これからもないと思います。デュードニーの『チューリングオムニバス』とか、まだ翻訳が出ていないけど『Good Math: A Geek's Guide to the Beauty of Numbers, Logic, and Computation (Pragmatic Programmers)』とかが大好きな人はコラムだけでも興奮できると思います。

無理やりまとめると、本書は(ほぼ)世界一の人がそのテクニックを披露し、伝授してくれて、さらに深堀するという貴重な本です。遠藤さんが書いたこの本を読みたい人は世界中に少なからずいるでしょう。いまのところ本書は日本語でしか楽しめないので、日本語ネイティブで本当によかった。9月28日にはジュンク堂池袋店でサイン会もあるそうなので、Quineなサインをもらいにいこうと思います。

なお、全体を通してRubyがメインで使われているので「Ruby限定の内輪テクニック集」に見えるかもしれませんが、それに終始する本ではないのはさすが遠藤さんだと思いました。唯一残念なのは索引がないところです(上記の2と3が対象読者なら必須だと思う)。あと細かい話ですが、Paul Grahamのカタカナ表記は「ポール・グレアム」のほうがいいと思いました。

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