2012年10月27日、京都大学で開催された「TeXユーザーの集い2012」に参加しました。
勤め先ではpLaTeXをバックエンドに採用した継続的書籍制作をしているので、 前回、前々回の「TeXユーザーの集い」ではポスター発表という形で成果物である書籍の展示をしていたのですが、 今年は会場が京都なので、東京から何冊もの書籍を持っていくのは物理的にいやだ。 そこで代わりに「ショートショート」というコーナーで10分間のプレゼン発表と書籍の宣伝をさせてもらいました。
「出版社の中でpLaTeXとバージョン管理システムを全面的に活用して本を作っています」という話そのものは、 いまやそれほどもの珍しい話ではなくなっていると思います。 ちょっと前に新規企画のキックオフの場で著者(正確にいうと訳者)に制作フローの説明をするとき、 「前にも別の出版社で同じような方法でやったことがあるから分かります」と言われたときは、 本気で涙が出るかと思いました。 田中さんのショートショート発表にあったような業務ドキュメント作成のバックエンドで利用されている事例も案外に多いのかも。
そこで今回のプレゼン発表では、自分たちの書籍制作フローを紹介するだけでなく、実例を交えて方法論の私的な意味づけができればと思って挑みました。 この時点でもともと「ショートショート」コーナーに設定されていた「私のTeX環境」というお題から微妙に逸脱していたことは実行委員の皆様にお詫びいたします。 でも当日、LaTeXの論文原稿からプレゼンを吐き出すという寒川先生の話、 印刷の歴史から現在のXSL-FO対応にいたる中西印刷の中西さんの話、 XMLによる医療系ドキュメントの標準化に携わってらっしゃる時実先生の話などを伺っているうちに、 もしかして自分の発表はカウンターを狙ってたつもりが正面からジャブみたいになってる?という気がしてきました。
思えば去年の「TeXユーザーの集い」も「TeXという視点から構造化ドキュメントのエコシステムを捉えよう」というノリでした。 そうなんだよなー。 かつてTeXを採用する理由とされたのは「数式がきれい」のような特徴でしたが、こういう面ですでにTeXは One of Them になっています。 無料であるのはいまもってTeXくらいに思えますが、Wordなんかは事実上無料なわけで、そのWordの数式エディタも性能としては十分です。Apple製品でもなにかあるんですよね。よく知りませんが。 そういえば黒木さんの発表でも韓国や欧州のTeXユーザーグループの集まりでは「TeXの話が半分、XMLなど周辺の話が半分」といってた気がする。
そういう中でわたしが仕事でTeXを使っているのは、ひとつにはプレゼンで触れてるように「バージョン管理しやすい」というのがあります。 実際、このプレゼン発表の資料も、pLaTeX + beamer で書いて bitbucket でバージョン管理してました(ソースが見られて恥ずかしいけど、おかげで公開後にいっぱいフィードバックもらえた。ありがたいことです)。 でもテキストの原稿をバージョン管理したいなら、べつにTeXをバックエンドに使う必要はなく、中西印刷さんのようにアンテナハウスさんのFOフォーマッターを利用するのでもいい。
結局、編集者としての自分が仕事でTeXを使ってることに、それほど積極的な理由はありません。 経済的な制約だったり自分のスキルの制約だったり、どちらかというと消極的な理由からです。 だから、たとえば人にTeXを使えと勧める気には正直なところあまりなりません。 やっぱり編集の仕事でTeXを使おうとするには、それなりの覚悟と職場的な理解が必要だと思います。 自分は出版社にいるのである程度好きなように環境を選べますが、プロダクションでの編集となるとそうもいかないでしょう。 (もちろん世の中には、そういう覚悟を決めて出版社から制作の仕事を請け負ってしまうすごいプロダクションもあります。)
一方、趣味プログラマーとしての自分にとってTeXマクロは単純に面白いので、その部分については「おもしろいよ!」と主張したい。
ふつうのプログラミング言語だと思って使おうとするとストレスフルですが、モデルが違うんだから違うモデルで考えることを楽しめばいい。
TeXを使って遊ぶ文化は今年に入ってから日本でじわじわ広まっていると感じています(いにしえからあるので新しい文化というわけではないですが)。今年は「TeX芸人」という言葉も生まれました。今回は「TeX芸人」という言葉が誕生してはじめて開催された「TeXユーザーの集い」だったからか、残念ながらストレートにそういう発表はありませんでしたが、今年のクリスマスはTeXアドベントカレンダーが読めるかもしれません。どんな\expandafter
が見られるか楽しみですね。
というわけで、自分のTeXに対するスタンスは、そんな「実務で十分に使える自分にとっては楽しい道具」かなと再確認しました。 懇親会で何人かの方と「TeXを普及させるには」的な話になったりもしたけれど、 新興の技術というわけでもないのだし、(1)使ってみようという人にとって負荷が低いこと、(2)楽しく使えてる人が楽しく使い続けられること、(3)新しい仕組みとの親和性を保ち続けること、あたりがTeXユーザーにとって本来の争点なんだと思います。
1は、ディストリビューションやインストーラの開発者のみなさんのおかげで、すでに障壁らしい障壁はない状態にあると思います。 2は、TeX芸人たちをはじめ、わたしの観測範囲にはTeXまわりの技術を楽しんでいる人が何人かいます。 というわけで、あとは3です。 思いつく成功事例としてはMathJaxとかLuaTeXとかありますが、プレゼンでも最後に触れているEPUB対応とか、ほかにもまだ難題は残ってるような気がします。
以上、「気がする」とか「思います」とかが多い記事ですが、それだけTeXの周りにいる人たちが多彩なので一つの見方で断定できないということなのです。そういう方々と交流できる「TeXユーザーの集い」は、今年も自分にとってとても得がたい場でした。