2018/07/07

技術書をクラウドファンディングで出版してみた

あきみちさんから、「IPv6本を出すということで、クラウドファンディングで協賛を呼びかけよう」(原文ママ)というアイデアを聞いたのは、TwitterのDMのやり取りを読み返すと2016年11月23日のことだったらしい。 DMには時刻が表示されないので正確な時間はわからないけど、その後のやり取りがいつの間にか11月24日になっているので、たぶんそういう時間帯だ。

それに対するぼくの最初の返答は、「それは既存の出版社だと面倒そうだ」(原文ママ)だ。 言外に「うち(ラムダノート)ならできるよ」が含意されていることは、起業前からいろいろ相談にのってくれていたあきみちさんには間違いなく伝わる。 とはいえ、そのころはまだ『プロフェッショナルSSL/TLS』も制作中だったし、直販ストアもなかったし、ラムダノートは胸を張って「出版社」と言える状態ではなかった。

そもそも、あきみちさんやぼくは技術自体というより技術解説でご飯を食べている人間であり、必要としている人がいる内容だからといって、採算度外視では動けない。 当時はまだクラウドファンディングで技術書を作るという先行事例もなく、どれくらい集めればいいのか、どれくらい集まればいいのか、どういうふうに具体化すればいいのか、まったく見当もつかなかった。 にもかかわらずぼくは、あきみちさんにいくつか質問したあとで、「だれにでも通用するやり方じゃないですが、あきみちさんでIPv6の本なら確度高い。」(原文ママ)と応じていた。 はっきりいって軽率である。 まあでも、考えていてもわからないことは、やってみるしかないので、当時のぼくはやってみることにしたのだろう。

それから急いで企画書っぽいものを作り、直接支援をお願いできそうな会社にあきみちさんから打診し、ぼくのほうでもMakuakeに問い合わせを入れた完成品をCC BY-NC-SAで公開することをふくめて、翌月にはだいたいプロジェクトの形が決まった。 当時の企画書の1枚めはこんな感じ。

このときの企画書をいま見返すと、本の構成も、収益化のモデルも、基本的なコンセプトはこの時点からほとんどずれていない。 本の構成については実際に本を読んでもらうとして、ここでは収益化のモデルという視点で現時点で個人的に感じていることをメモしておこうと思う。

「こういう本が最小限の負担で読める世界」に出資してもらう

『プロフェッショナルIPv6』の商売モデルは、たぶんこんな感じになっている。

つまり、この本の著者と出版社には、本という商品だけでなく、「こういう本が最小限の負担で読める世界」を実現することへの対価として出資してもらえたし、応援してもらえた(本当にありがとうございます)。 そうした出資を広く集めるうえでクラウドファンディングという方法は相性がよかったし、任意の金額を著者に直接渡せるという電子版の提供方法を手軽に導入できたのは大きかった(BOOTH、まじ便利)。

一方、多くの本の企画は、基本的にはこんな商売モデルでやっている。

この方法だと、動物の絵がカバーにあるわけでも全国の書店にフリー入帳で配本できるわけでもない新興の出版社から発行される「IPv6の解説書」は、完全に「知る人ぞ知る」ものになっていただろう。 あきみちさんとぼくの実情からすると、最悪、陽の目をみなかった可能性もある。 こうやって多くの人に届けることはできなかったかもしれないし、著者に利益を還元できなかったかもしれないし、うちも資金繰りに困っていたかもしれない。

教訓と抱負

『プロフェッショナルIPv6』は、たぶん、「こういう本が最小限の負担で読める世界が欲しい」という人を巻き込めた。つまり、「読ませたい人」の支援で成立した。 そして、この事実からは、技術書の出版に従事している自分たちにとっての教訓めいたものが導き出せる気がしている。

実のところ、技術書の多くは、これまでだって「読ませたい人」からリソースを分けてもらうことで「商売」をしている。 その最たる相手は、印税収入を期待せずに採算度外視で執筆してくれる著者。 それから、謝辞と献本程度の対価で内容のレビューをしてくれる有識者や、やはり献本程度の対価で宣伝をしてくれるインフルエンサー。 みんな、「読ませたい人」として、自分が持っているリソースを本という商品に投下してくれている。 出版社は、そうした人たちの善意に頼ることで、対価を払ってまで読みたいことを自覚している人の総数だけでは成立しないかもしれない本を作って売るという商売をかろうじて維持している。

ぼくら版元の編集者の人間は、そのことに意識的でなければならないと思う。 版元の編集者も「読ませたい人」ではあるだろうけど、その実現のために持ち出しで出資をしているわけではないので(むしろ多くの場合は十分な対価を得ている)、気を抜くとこの事実を忘れがちになるので本当に注意しなければならない。 ページあたり数百円とかで編集制作をやってくれる編集プロダクションが版元編集者のコストを肩代わりしている可能性にも意識的であるべき。閑話休題。

教訓は、なにも警鐘を鳴らす方向だけではない。 『プロフェッショナルIPv6』では、「こういう本が最小限の負担で読める世界が欲しい」という人から直接出資をしてもらったことで、商売として出版できるチャンスが広がった。 あきみちさんという著者が十数年かけてインターネット上で築き上げた人徳があってはじめて実現するクラウドファンディングではあったけれど、とにもかくにもこういう形で出版ができたということは、「読みたいことを自覚していてお金を出してくれる人」の絶対数が多くないことが多い技術書みたいなジャンルの出版にとっては、わりと未来がある話なんじゃないだろうか、とも思う。

そんなわけで、『プロフェッショナルIPv6』をひとまず公開にまでこぎつけた現時点で個人的に感慨深いのは、クラウドファンディングという手段の面よりも、「こういう本が最小限の負担で読める世界」に出資したいと感じる人にうまく届けられたかな、という点にあったりする。 締め切りに追われるのが精神的につらいのもあって、正直なところ、これからクラウドファンディングで本をばんばん企画していく予定はない。 でも、「こういう本が最小限の負担で読める世界が欲しい」、もうちょっと厳密に言うと、「こういう技術情報がある世界が欲しい」という人や組織に出資してもらえるような企画、あるいは仕掛けを考えて、そのうえでコンテンツの制作をこれからもがんばっていければ嬉しいなという気持ちでいる。

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というわけで、ラムダノートの本をよろしくお願いします。

https://www.lambdanote.com/

プロフェッショナルIPv6

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