2016/12/03

独立系出版社をやるという覚悟について

カナダ最大の都市であるトロントから北に向かって1時間ちょっと、荒野だか畑だか牧場だかよくわからない広大な土地を走り抜けたところに、エリンという小さな村があります。 19世紀に開拓された当時からメインストリートであったと思われる道が、川の蛇行している部分を堰き止めるように貫いていて、その両脇だけで主な商圏が形成されているような素朴な村です。

そんな小さな村に、なんと出版社があります。 その名もThe Porcupine’s Quill。 直訳すると「ヤマアラシの針」ですね。 言うまでもなく独立系の出版社で、大手からは陽の目を見るのが難しいカナダ発の文学者やアーティストの作品を手掛けているようです。

今年の7月、この《ヤマアラシの針出版》を訪問する機会がありました。 世界中のTeX関係者が集まるTUGという会合があるんですが、2016年の開催地がトロントで、その一環として《ヤマアラシの針出版》の見学会が組まれていたのです。 トロントからエリン村まで農道(もしくは牧道)を延々とかっ飛ばし、パン屋さんの前でマイクロバスを降りると、その何軒か隣の靴屋みたいな建物が《ヤマアラシの針出版》の本社でした。

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こんなカナダのど田舎に本社を構えているというだけで十分に話として面白いんですが、この出版社、他の多くの出版社と違って、印刷から製本まで本づくりのすべてを自前でやっています。 それも、ドイツ製のオフセット印刷機やら製本機やらを社内に一式すべて用意し、経営者であるティムさんと奥さんのエルクさんが手作業で本を作っているのです。 ちなみに、やや出来過ぎ感がありますが、お二人の姓は「インクスター」さんといいます。

これが、さっきの建物の地下にあるHeidelberg Kordというオフセット印刷機。とてもよく手入れされていて、油でてかてかしています。インクが香ばしい。

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こちらは建物の1階に実装されている、本をかがるための機械。ファンシーな窓の鎧戸と陽光のせいで博物館の展示物っぽいけど、むちゃくちゃ軽快に稼働します。

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正直なところ、訪問前にはそれほど大きな期待はしていませんでした。 自分とは畑違いの文芸系の出版社っぽいし、そもそも出版社の仕事なんてどこも大差ありません。

しかし実際に《ヤマアラシの針出版》でティムさんから「どういう考えで本を企画し、作り、それを売ってきたか」を語ってもらい、ビンテージな機械が力学を駆使して本を作り上げるようすを目の当たりにすると、いちいち唸りっぱなしでした。 出版社っていうのは、こんなふうに本を作って売るっていう仕事であり、その骨格がまさにいま自分の目の前に展開されてるんだなと。

  • 出版社の仕事なんて、確かにどこも大差ないけれど、誠実にやっていくと結局は「モノづくり」になるんだよなという気持ち。
  • 電子書籍もいいけど、モノとしての物理は単純に強いなという気持ち。
  • 年間ノルマで本の形を整えなくても、こんなふうに、やりたい人がやりたいように出版をやれるのが健全だよなという気持ち。
  • ぼくも、完全に同じやり方ではないかもだけど、こんなふうにして本にかかわっていくぞという気持ち。

なにをかくそう、ぼくも自分で出版をやりたいと思って、昨年2015年の12月1日にラムダノート株式会社という会社を作りました。 今年2016年の7月にThe Porcupine’s Quillを訪問して、自分が仕事としてやりたいことは「本を作って買ってもらうこと」なんだなと再確認しました。 来年2017年の2月ころには、最初のタイトルとして、TLSの関連書を発行する予定です。 年が明けてしばらくしたら直販サイトで予約できるようにする予定(予定)なので、ご期待ください。

そういえば、この最初のタイトルは翻訳ものなんですが、原書を発行しているロンドンの出版社もやっぱり独立系出版社でした。 そっちもそっちで4月に訪問してたくさん刺激を受けたので、翻訳発行後にあらためてどこかで話ができればいいなと思います。

なお、この記事はラムダノート株式会社の設立にあたって出資して頂いた株式会社時雨堂の社長になんか書けといわれ、pyspaアドベントカレンダー2016のエントリーとして書きました。pyspaには脱サラする直前からずっと癒されてきました。でも、昨日はイアンさん、明日はモリヨシさんだし、あきらかに場違いな記事だろこれ。

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